Goodbye Online

【オリジナル小説】『Goodbye Online』【間章~終章】

間章 ブラック・リスト

スザクは、二〇歳の女性だった。INゲームでもリアルでも、長い黒髪をした日本人になる。
スザクは、子供の頃から勉学の類(たぐい)には苦労しなかった。
飛び級に対して非常に重い腰だった日本国政府。だが、ついに推進された、ギフテッド(英才児)教育のカリキュラムを受けた彼女は、一五歳で量子物理学に関する博士論文を書き終え、晴れて教授(ドクター)となった。
現在は数学と量子物理学、二つの博士号持ちとして研究活動をしている。
このゲーム、『グッバイ』と並行しながら、である。
子供の頃からゲーム好きで、「ゲームをしていなければ、一〇歳か一二歳で博士になっていたことだろう」とか言われる始末だ。
なかなかにぶっ飛んでいる。
そんな天才のスザクは、子供の頃から苛つくことが多かった。
こんな簡単なことも、他の人間は苦労するものなのか。スザク当人の頭が良いのではなく、周囲の頭がおかしいくらいに馬鹿なだけではないのか。知性というのは結局、相対的なものだから仕方がない? だが、あまりにも辛すぎはしないか? と。
ちょっと負けただけで感情に任せてあからさまに苛ついたり、卑怯な手段に訴えてでも勝ったりしようとする大馬鹿者も、大勢見てきた。

「頭が良くて幸せだったことなんて、一度もないよ」

彼女は、本気でそう思っていた。
このゲームの開発者の天才も同じことを言っていて、心から共感したのだった。才能があるが故(ゆえ)に、嫉妬心や恐怖、金銭的な不都合、劣等感を覚えるといった不幸を避けることはできたのだろうが、孤独は絶対に埋められなかった。
不愉快なので、嫌いな人間は抹消したいものだ。馬鹿とか、馬鹿とか、馬鹿とか。
ただし、現実で大量殺人を行うわけにもいかない。それくらいの分別は、彼女にもあった。
一応。その程度ではあったが。
そしてこの世界には、仮想現実空間があるわけだ。
しかも超大規模で、相当にリアリティがあるVRMMOが。
やるべきことの方向性は決まった。彼女が今までなんとなく感じていた、他人への煩(わずら)わしさからくる辛さ全てを、そのゲームのプレイヤー全員にぶつけることにしたのだ。
殺せるなら、可能な限り殺す。PKだ。ノコノコ危険地帯に入ってきた馬鹿どもに、現実の厳しさを教えてやる、と。
もっとも最初は、スザクも簡単にキルされた。
油断して開けた場所に出た瞬間に狙撃、機銃掃射、指向性地雷、複数人数での襲撃。あるいは、ほどほどの装備をした身内のプレイヤーを餌(えさ)にした上で、カモ狩りを行う、など。
一対一でも、装備の差で負けることはある、無論、勝てる場合もあったが。
読み合いで負けることはほぼない。『グッバイ』PKヤーで、トッププロと自負できるほどの十分な実力を身に付けるには、年単位での努力が必要になるだろうが、そんな時間は惜しくもなかった。
どうせリアルは、様々なゴタゴタが落ち着いた平和な世界であり、そういう時代なのだ。
スザクにとってはPKなど、理由を『そこに、山があるから』と言い張る登山家と大して変わらない気持ちだった。

『そこに、人が居るから』。

心底、仮想世界が存在して良かった。そういう話なのだ、これは。

それなりに高価ないつものワンセット装備を調達し、いつものように低セキュリティ・エリアに向かう。
見慣れない、警告用のポップアップが視界に入る。ゲームシステム上の『お知らせ』だった。
ある人物からスザク自身が、それなりに高額な懸賞金がかけられていたらしい。
(指名手配システム、か。なるほど。
要するに、賞金首にされたわけだ)
低セキュリティ・エリアは厳密な話で言えば無法地帯ではなく、一方的なPKをし続けていると、安全地帯に侵入・通過できなくなるなどのペナルティが発生する。かなり緩い罰ではあるが、忘れてPKし続けていると、少しだけ面倒な話になりがちだ。
今回の懸賞金設定・指名手配システムはそれとは別件。
無法地帯以外で先制攻撃によるPKを行うと、PKされた側は攻撃側にGを払って指名手配を行える。細かい設定・仕様はさておき、PKヤーへの嫌がらせや、圧力がけ的なイメージで問題ない。
普通のプレイヤーならば、ほとぼりが冷めるまで安全地帯(セーフティ・エリア)で身動きをしなくなるはずだろう。
「指名手配の期限が切れるまで、殺しには困らなくなるな」
思わず、スザクはほくそ笑んだ。

終章 『スザク戦争』

俺、ユウトはいつものように市場に出した品や、市場価格そのものを大規模注文にて調整し終え、マイナと話しながら情報を集めていた。
「不確かな情報源(ソース)だが、スザクは各コーポのブラック・リストに入っているらしい。
危険地帯でプレイヤー・ネームを見たら、即座に通報されるみたいだな」
「……ちょっとだけ、羨ましいな」
マイナは、諦めたような声でそう言った。
まあ正直、こっ酷い撤退戦をしたからな。
「この締め出し方は、普通のプレイヤーだったら、ゲーム進行を諦めるレベルだ。スザクのそれはもうはや狂人に近い……てか、そのままの意味で、狂人。
それで、例の『戦争』が起きているわけなんだが」
マイナは、何度も頷く。
危険地帯を根城にし、反目しあっていた二社の大規模コーポが、他のコーポ複数を巻き込んでの大規模戦闘、戦争となった。
もともとは、誰かがスザクを仕留めるためだけに休戦を呼びかけたが、実は待ち伏せをするための杜撰(ずさん)な罠であり嘘だったとか。
その後、『騙された』と主張しているほうは敵対コーポ側に大規模な報復を行い、以下戦争の流れである。
どっちもどっちで、そもそもこのゲームではそんな嘘に騙されるほうが、自衛ができないという意味では十分に悪いのだ。
この戦争は、発端となったプレイヤー名から『スザク戦争』と、そう呼ばれていた。
スザクはほとんどとばっちりなのだが、通常は具体的なエリア名で書かれることが多い『戦争』に、ただの一人プレイヤーの名前が(今だけ、あるいは短期の便宜的なものである可能性もあったが)付けられたのはある意味、名誉なことかもしれない。
特に、『グッバイ』のPKヤーは名誉を求めて戦う連中も多い。金が目的なら、もっと良い方法はいくらでもある。コーポ運営や、俺たちがやっているNPC狩りを含めた探検。それに、商売とか。
危険地帯でのPKは、偶発的に仕方がなく起きるのが定番。積極的に狙っていくのは、なにかに囚われていないと難しい。
「強くなりたいなら、今がちょうどチャンスだ」
「戦争が起きているところに参加するとか? どっちからも攻撃を受けそう」
「どっちかに付けば良いのさ」
俺は気軽に言った。マイナも「なるほど、ね」と納得した様子だった。
「勢力図は大した差がないし、これからどれくらい増援(ブルー)を呼べるかでも変わってくるはずだ。
結論、どっちについても大差ないから、マイナが好きに決めていい。やりたくないなら、いつものように、戦線からは距離を取っての探検かな」
「ふーん」
そういうわけで、俺たちは一方の組織に傭兵組として参加することとなった。
各コーポの幹部なり経営・運営陣が落とし所を見つけて、仮にでも協定を結ぶまでの時間制限付きのPvPモード、といったところか。
「相当な混戦が予想される。
味方討ち(フレンドリー・ファイア)だけには気をつけような」

場所は、噴火する予兆だけを見せて、実際にはしないであろう例の活火山の山林部。
低セキュリティエリアだ。
無関係、あるいは中立(ニュートラル)の人間が入ればキルされるのは相変わらずだが、大勢の各コーポの面々――プレイヤーが一同に介しており、賑やかな戦線を構築している。
無知か、事情が事情でなければ俺たちは絶対に参加していないはずだろう。そして、俺とマイナはそのどちらでもない。
そして、一人の当然ながら武装した――女性がこちらに話しかけてきた。
「また、君らか」
声の主はそう言った。声からして美人だった。
「ええと貴方(あなた)、スザクさんもこちら側に付いていたのですね。ソロ専門の人だと思っていたので、正直意外ですよ」
「より多くのプレイヤーをキルするには、こうするのが一番だと思っただけですよ」
「さすがはPKヤーさんの鏡」
マイナも何か言いたげにスザクを見ていたが、彼女が口を開く前に、遠くでビームの銃声――つまり、聞こえる程度には近い。
最前線が、この場にやってきたのだ。
「それじゃあ、またね」
スザクは、軽く片手を振って別れの挨拶代わりにして、彼女はその足で最前線を押し進めていった。大体の者が、追従する形で進んでいく。俺たちも倣(なら)っていく。
「怖いもの知らずね、あの人」
「……まあ、ゲームだしな。なんとなく、リアルでも似たような判断をしそうで怖いんだが」
「はあ、よく分からん人だワイ」
作戦目標は、相手コーポの拠点である要塞(ようさい)の破壊。敵も、こちらの要塞を狙って激突している。要塞は、維持費さえ支払い続ければ、貴重な低セキュリティエリアのリスポーン地点にもなる(無論、要塞に入ることのできる権限を持つプレイヤーに限定される)、コーポの貴重な司令基地でありアイコン・マーク、そして収益源になる。
個人の強さでなんとかなる話ではないが、数と練度は非常に重要な話だ。
戦いの規模は、数千人弱か。野次馬の取材や残骸拾いが目的の中立(ニュートラル)プレイヤーもそれなりに増えてきたので五〇〇〇人前後にまで戦争地のプレイヤー数は拡大しそうだ。
「すんごい銃砲撃……」
マイナは大木に隠れて俺と共に敵の攻撃をやり過ごしている。設置型機関銃(MG・エムジー。マシンガンのこと)に迫撃・榴弾砲。より大型の多脚型戦車が炸薬の入った砲弾を曲射で撃ち込んでくる。
なかなかの巨木に隠れることが出来たが、位置的に横から攻撃が来ないか心配だった。ここからは土手のようになっており、前が見辛い。
横に顔を出したマイナが肩を削られ、さらに木に登った直後に撃ち落とされ、背中から地面に落下して「あう!!」と声を上げた。正直、この少女の間抜けな悲鳴にも慣れてきたところである。
「囮(おとり)、ご苦労」
俺はやや高価な緊急HP回復ピストルをマイナの左腕に打ち込み、瀕死状態から完全復活させてやる。キルされなければ、継戦は容易だ。デスしてもまあリスポーンは出来るが、今使ったような回復アイテムは要塞かどこかで補充しなければならない。
まあ、それを見越して俺は要塞内に消費アイテムをごっそり持っていき要塞内のショップ機能を使って高めに売却注文を発注させている。要塞が陥落すれば、そのアイテムは破壊されて消えるか、略奪されてしまうのでまあまあ必死にはなる戦いだ。
「なんかこの場所、やたらと狙われてない?」
「大きすぎる木だからな、俺たち以外にも伏兵が居るとか思われたのかもな。
陽動作戦でもするか」
俺は機銃の射撃音がやや収まった頃合いで、マイナとは逆方向、右のほうから戦線を確認する。肩には携行式の全目標対応型ミサイル、通称『マルチミサイル』(歩兵型)を構え、完全にぶち込むつもりでいる。
「弾切れのエムジーか。再装填まで、一〇秒弱はかかるか」
頭を狙撃されれば終わりだが、見渡す限り狙撃兵は居ない。まあ、見える位置にいる狙撃兵というのも変だが、どこかでリスクを取れない人間はまずいだろう。
人生哲学、というほどでもない。
意思表明代わりに、単発式ミサイルを発射し、すぐに空になった発射筒を投げ捨てる。これで身軽になれた。周囲には白煙が立ち込める。そして、着弾する。射撃手とともにエムジーが粉砕。
爆裂、火炎。
戦線を敵も味方も、若干とはいえ混乱させることができた。
そして、その混乱は敵のほうが大きい。
「行くぞマイナ、付いてこい!!」
「了解!!」
重砲撃の音に着弾が冷めやらぬなか、俺たちは遮蔽物となる木々を転々して移動、戦線を再構築して塗り替えていく。
「最前線か、それに近い。なかなか、危険だな」
発砲を終え、弾切れになった軽機関銃(ライトマシンガン)を再装填(リロード)しながら、俺は言った。
マイナは既に疲弊(ひへい)していそうだ。女の子だし、『グッバイ』での戦争レベルの戦闘は初参加のはずだから、まあ無理もない。
マイナはアサルトライフルを持って撃っている。小型――小口径のライフル弾を連発できる、現実に存在する軍隊の歩兵の主武装といっていい武器になる。
予備武器(サイド・アームズ)としては、かなり高威力の五〇口径仕様・ハンドガンを持っていた。生身の歩兵程度なら、頭ではなく胸に当てても即キルできる。反動抑制がゲーム内設計で働くとはいえ、なかなかピーキーではある。まあ、たしかに中途半端な威力の武器は、弾持ちは良い設計が多いものの、PKには不向きな印象が強い。
ある程度、生存確率は上がっているはずだ。
俺は俺で、主武装として先ほどから撃っている軽機関銃にマルチミサイルを背負っている。
高火力で継戦能力も高めだ。ま、それでも長引くようなら、死んだ敵兵のクレートから、武器でも奪い取ればいいだけだ。
青白い光が、戦場を貫いていく。
光学(レーザー)兵器による攻撃で、敵陣が粉砕されていく。そして、最前線では次々に敵兵が切断されてなぎ倒されている。
スザクだ。
光学迷彩と、飛行が出来る圧縮空気の噴射を併用し、短時間で奇襲と撹乱を行っていた。
敵の数が少なくなったところで、迷彩を解除。接近戦に持ち込んで、指向性バリアで敵方向から防御しながら、実体剣(高周波ブレード)により敵を部隊単位で切り刻んで行っているらしい。
「昔のビデオゲームじゃ、どう考えても操作ボタンが追いつかないな。
VRで、そして味方で良かったよ」
「動きが人間じゃない……あ、援護射撃しとこ!!」
ぱたたたたっ! とマイナ、そして俺がスザクの邪魔にならない程度に遠巻きに弾丸を、手身近な部隊に撃ち込んでいく。
活気に満ちた味方(ブルー)側コーポの一部が、徹底的に戦力を突っ込んでいく。
スザクに始まり、スザクに終わった。
『スザク戦争』は『グッバイ』の歴史に残る戦争となったのだ。

今回の戦争、一応は味方側の勝利……となったのだが。
スザクはどこまでも戦闘狂であり、終戦の直後にブルーコーポの幹部からキルして回り、危うく俺たちもデスに巻き込まれるところだった。
まあ、多勢に無勢で、スザクはよく耐えたよ。混乱もあったが、スザクの離反から四分かそこらだったと思う。あっさりと制圧された。
スザク、ワンデス。今回の当人のキル数は一〇〇を超えていた。
キルレート一〇〇オーバーって……。

『スザク戦争について、発端の人が語る』
そう題した文章の投稿サービスを利用した一文書が出回ると、スザクの正体が著名な天才科学者だと知れ渡り(同投稿サービス内には、極めて高度な物理や数学の内容の数式や文章が、同人物によって以前から投稿されていて、話題になっていたのだ)、『グッバイ』だけではないちょっとした流行やネットミームになるほどの盛り上がりを見せていた。
天才は、俺たちとは見えている世界が違うのだろうが、彼女にもいろいろあるのだろう。
ゲーム運営からも、今回の戦争について直接表明があった。
狂戦士スザクの破壊不能の像が、今回戦場となった低セキュリティエリアへの主要な入り口の一つに設置されることになるらしい。
おそらく、ゲーマーとしては至上の名誉の一つだろう。

「よく考えたら、一回も死んでないな。
ここ最近」
「まー。命があるだけありがたいでやんす……」
「マイナ。しばらく休むが、今度はどこへ行く?」
「まー当面、ユウト兄さんと一緒なら、どこへでも。
もっと、いろんな場所に連れてってよ」
「それじゃあ、超高額の賞金首のハント」
「へえ、一人キルするだけでお金が貰えるの?」
俺はにやり、と笑って、
「対象は、あのスザク」
マイナは一拍だけ飲み込むと、
「絶対にゴメンだー!!」
泣くような真似でオーバーに叫んだ。
だがしかし、案外、PvPの練習台としてはありなんじゃないかとか、俺は思い始めていた。
人生ってのはわからないもんだ。
どこでどう繋がるのかも、これからどこへ行くのかも、誰と出会うのかも。
それでも、可能な範囲でいいから、自分で決めなければならない。
オン・マイ・オウン、メイク・マイ・デイ。
どこかでグッバイするまで、楽しもうじゃないか。

世界の終わりのようなゲームを、俺とマイナは、今日も楽しんでいる。

あとがき

予想より短くなってしまいましたねー。

28DP(電撃ページ。電撃大賞応募用のページ数のことです、多分)で完結というか終了致しました。

もうちょっと後半の戦闘シーンを長くしたり、その後のスザクとの追いかけっこキャッハーを書いたり出来そうだなと思いますが、しばらくの間は充電が必要そうです。

『スザク戦争』の詳細やキャラや人称を変えて書いたり、『Goodbye Online2 バウンティ・ハンター? ユウト&マイナ(仮題)』

とか書けないかなあ、とは思っていたり。

一応短編の公募で電撃大賞に応募できるので、時期が来たら送るかも(公募の期間だけ、この小説記事は下書きに戻させて頂きます)。

ありがとうございました!!

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